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先日書きました記事について。

ドイツ最低賃金法導入で得をした人、損をした人

2015年1月より最低賃金1時間8.50ユーロ(約1200円)がドイツ国内全労働者と全産業で導入された。貧富の差を改善すべく開始された最低賃金法だが、ここに来て数々の問題が浮上している。
得をした人・370万人
損をした人・約24万人
損をした人その2・雇用者の抱える問題、そしてしわ寄せは消費者にも

こちらでコメントをいただいたように、損をした人の多くは飲食業そして
個人農家が大きな直撃を受けているようです。

そもそも最低賃金の導入は、1時間3ユーロとか4ユーロなどという
信じられない賃金で仕事をしている方たちにもっと良い待遇をという大きな目的があった。

しかし、そんな人たちの多い東部ドイツで、失職者が増えているという皮肉な結果となった。

最低賃金導入においては、ガブリエル経済・エネルギー相が「個人消費を後押しする」と
予想していたのに対し、Ifo経済研究所や金融業界専門家は「パートタイムの職が失われる」と
懸念し、冷ややかな態度だった。

相変わらず、最低賃金導入により職を失った人たちの現状がメディアで話題となっている。

Yahoo記事には入れなかったが、巡回サーカス一団も深刻な状況のようだ。
農家と同じく、サーカスも家族や兄弟、親戚一同が時間の許す限り助け合い、
経営が成り立っていることが多い。

それが親族一同にも1時間8.5ユーロを支払わねばならない事から経営難に陥り、
サーカス巡業ができなくなったり、動物のえさを入手することさえ困難になったりしているそうだ。 

今後、さらなる問題が続出するような気がする。貧困解消の効果はいかに?というところだろうか。
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by foodwatcher | 2015-06-19 19:30 | 仕事
まさかの飛行機墜落事故が起こり、非常にショッキング。
ジャーマンウィングスは、私も仕事でドイツ国内を動く時に利用する航空機のひとつだ。

帰らぬ人となったギムナジウムの生徒16人と教師2人は、帰独中だったという。

ドイツメディアによれば、
バルセロナ周辺の高校生との交換プログラムでは、
当初、スペイン行き希望生徒は40人ほどいたそうだ。
それが、最終的に14人選定され、その後2人が加わったそう。

私も子供を持つ親として、親族の悲しみは本当に計り知れない。
心からお悔やみ申し上げます。

そして教師の1人は半年前に結婚したばかり。
もう1人は、まもなく結婚をする予定だったという。
昨日、同校の校長がインタビューで明かした話しだ。

人生の設計図が一瞬にして崩れてしまった。
なんということか。

以前、ルフトハンザの乗務員にインタビューをしたことがある。
その男性によれば、ルフトハンザは安全面に他の航空会社より
1.5倍費用をかけているといっていた。

節約する時にはばっちり節約するけど、必要な面では
惜しげなく投資する・・・・ドイツ人らしい考え方だと思った。

その話しを聞いてから、私は国際線をはじめ、乗るならルフトハンザと決めている。
少し短絡的かもしれないが、やはり安全第一だから。

ストで足止めになった経験もあるし、最近は機内食も質が落ちてきた感もあるが、
それでもめげずルフトハンザを利用している。

今回犠牲になったドイツ人は計72名。
昨日の発表では67名だったから、5名が乗務員だったことになる。

ギムナジウムのあるノルトライン・ベストファーレン州 ハルターン・アム・ゼーは、
小さな街で、住民はそのほとんどが顔見知りだという。

そして、ジャーマンウィングスはルフトハンザ傘下の小規模企業だ。
だから、パイロットにしても乗務員にしても、ほとんどが顔見知り。

そんな背景で、事故後、乗務できないという心境が非常によく理解できるし、
人間として、当然のリアクションだと思う。

まあこれは、傍観者としての意見であり、当日搭乗する客にしてみれば、
迷惑この上ないことも理解できるが、私が搭乗者であったとしたら、
怒ったりはしないだろう。あまりにも悲惨な事故だから。

最新ニュースで、アルプスの山岳地帯に墜落する前に、
パイロットの1人が操縦室を出て、その後戻ろうと思ったのに
操縦室の扉は閉まったままで、室内からの反応がなかったという。
これからまた情報が入るだろう。

いずれにしても、しばらくは目が離せない悲しいニュースだ。
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by foodwatcher | 2015-03-26 20:35 | 生活情報袋
昨年、ドイツのリサーチとコーディネートを担当させていただいた、魔女の秘密展が大阪で3月7日土曜日いよいよ開催となりました。 

ちなみに、Yahoo News では別のテーマで一般公開前の様子が公開されているのを知りました。

さて、時を同じく、というか全く偶然でしょうか,独ZDFで魔女狩り、魔女裁判について非常に興味深いドキュメンタリー番組が3月2日に放映されました。

番組終了後には、ドイツの歴史家による当時の解説が詳しくあり、こちらも素晴らしい内容でした。

欧州の魔女狩りはスイスで始まったといわれていますが、魔女と宣告されてなくなった人は欧州で6万人にも上るといいます。現在、バンベルクのようにオリジナル資料が残っていない街も多々あると思うので、実際に魔女狩りの被害にあった人の数は計り知れません。

この番組で取り上げられたバイエルン州のバンベルクは、大司教都市、ビール、そして大学都市として有名な街です。旧市街はユネスコの「人類の文化・自然遺産」として登録されています。

番組は1630年にスポットを当てて、魔女裁判を紹介しています。バンベルクの魔女狩りのピークは、1626年から1631年で、この間、なんと1000人ほどが魔女狩りでなくなったそうで、当時のバンベルク住民の1割だったということです。

なぜバンベルクがこの番組で取り上げられたかというと、ドイツ国内で当時の裁判におけるオリジナル資料が一番多く保存されているからとのことです。

ヴィキぺディアによれば、
バンベルクは魔女狩りの中心地の一つであった。魔女狩りの時代、バンベルク大司教ヨハン・ゴットフリート1世・フォン・アシュハウゼン(1609年 - 1622年)及び次代のヨハン・ゲオルク2世・フークス・フォン・ドルンハイム(1623年 - 1633年)の指導下、大規模な魔女狩りが行われた。

同様の大規模な魔女狩りは、ヴュルツブルク大司教領やマインツ選帝侯領など、ドイツ南部で行われた。
1612/1613年から1617/1618年の間に、バンベルク司教領で300人が薪の上で炎に焼かれた。特に1617年には、この司教領で102人の人々が処刑された。最も有名な犠牲者は、市長のヨハネス・ユニウスで、1628年8月に魔術師監獄での拷問を受け死亡した。


とあります。

私が知らなかったのは、拷問の回数です。歴史家の解説によれば、拷問は3回までが原則だったとか。その間、無罪を主張し続けた(そして、生き残れた)人は解放されるべきだったようです。

とはいえ、当時は決まりがあってないようなもの。なかには拷問を8回受けた人もいたそうです。ただただその強靭な意志、魔女であるというウソを認めなかった姿は想像を絶します。

「魔女の展覧会」をテーマにドイツではロケハン、本ロケと2度に渡り、魔女の歴史を追いながら取材をしました。訪問する先々で拷問器具を見るたびに、色々想像してしまい、私には、拷問に耐えた人がいたということに驚愕しました。

番組の中でも拷問シーンがいくつかありましたが、やはり目を閉じてしまいました。拷問を受けた人の悲鳴を聞くだけで、どんなにむごいか、簡単に想像できます。

そもそも魔女といわれた市民のほとんどは口コミ、つまり密告で検挙されたのだという。家族内でも告発があり、子供が母親を魔女といったり、もちろんそれまで親しくしていた隣人や助産婦(産婦が助けを求めたため、手助けに出向いたが、おなかの中で胎児は死産だったことを恨んでなど)が魔女であるしるしと告発することもあったようです。これらのシーンが番組には見事に再現されていました。

番組の中では、父親の経営する当時の薬局を手伝っていた女性が、魔女として告発されました。薬草を使って、病状を和らげることで人々に信頼されていたこの女性も、いつの間にか、憎しみの対象となったようです。

当時は、病気の流行に太刀打ちできなかったり、6月に雪が降ったりという悪天候の影響で農作物も全滅と、市民の怒りや恨みつらみのはけ口として、その責任を魔女に負わせるに至ったといわれています。

日本では、往々にして助産婦イコール魔女、あるいは薬草を用いて治療した人、(昔の薬剤師と想像すればいいだろう)これらの人たちイコール魔女という説もあるようですが、番組に出てきた歴史家によれば、それは違うという。結論として、あくまでも魔女といわれた人の中に、たまたま助産婦や薬草に長けていた人がいたというだけのこととか。

当時は、一般市民が森に入っていくことは禁止されていたという日本の専門家もいるようですが、これもどうやら違う模様。もちろんその町の富豪や聖職者所有の森には立ち入ることはできませんでしたが、一般の森に足を踏み入れることは許されていたとのことです。

ですので、森の中で薬草やきのこを摘んだり、森への散歩はできたそうです。これについては、ドイツのある博物館で学芸員にインタビューした際も、同じ答え・・・「森に入ることは許されていた。ただし所有者のある場所へは不可」が返ってきました。

今回、お仕事をいただいて、魔女についてリサーチしていくうちに、色々な本に出会いました。

なかでも、魔女の鉄槌(Malleus Maleficarum)はハインリッヒ・クラーマーによって書かれた魔女に関する本です。もちろん内容は現代版です。中世における魔女理解のエッセンスといわれており、魔女に関しては最も有名な本です。

また、ロケでご一緒した山田五郎さんは、気さくな方でコーディネートとして大変仕事を進めやすかった方です。やはり西洋美術専門家だけあって、その知識の広さには、私も色々と勉強させていただきました。

同じ釜の飯を食うではありませんが、夜中のケルンを歩きやっと夕食にありついたのが12時頃と、クレイジーなスケジュールでしたが、今思うと懐かしい限りです。

「魔女の秘密展」は、大阪終了(5月10日)後、新潟、名古屋、浜松、広島、福岡で開催されるそうです。秘密展ホームページで紹介されている魔女街道は、一般観光客が足を運ぶにはちょっとアクセスしにくい場所もありますが、ひと味違ったテーマを追ってドイツの旅をするのもいいかもしれません。
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by foodwatcher | 2015-03-09 06:03 | 生活情報袋

1月27日はアウシュヴッツ解放から70周年を迎えました。
こちらに記事を書きました。

その前後に、ドイツでは様々な報道がありましたが、
どれも悲惨で悲しい過去の告白でした。

特番放映を見たり、報告に引き込まれるように読んだ中で、
今回はほんの一部ですが、紹介しました。

これからも機会があれば、お知らせしていきたいと思います。
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by foodwatcher | 2015-02-01 22:09 | 仕事
ドイツの2014年今年の言葉は光の境界(Lichtgrenze)
そして不快な言葉は嘘つきメディア・あるいは偽りの報道とでも訳そうか(Lügenpresse)に決定です。

今年の言葉については、こちらの記事で紹介しましたが、
昨日、不快な言葉が発表されました。

今年の言葉選出は、1971年から開始し、1977年から定期的にドイツ語協会が選出しています。

1991年からは、不快な言葉(Unwort)も選出されるようになったとのこと。

また、2008年からは青少年の今年の言葉も不定期だが選出されるようになったそうです。
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by foodwatcher | 2015-01-14 20:44

年の初めに発表される職業別年収ランキング。
2014年トップは医師、2位は弁護士だそうです。
Yahoo News 個人に寄稿しました。

2014年ドイツ職業別年収ランキング
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by foodwatcher | 2015-01-12 17:05 | 仕事
ブログを書かなくなって半年ほど過ぎてしまいました。

仕事や家族のことで奔走していて、書きたいことは山ほどあったのに
なかなかブログまで手が回らず、気がつけば2014年も終わりに。

今年一年を振り返ってみたくなり、書いてみました。

2014年、仕事の上でも私事でもたくさんの感動がありました。

仕事を中心に振り返ってみたいと思います。
今年の仕事は、フランクフルトで始まって、フランクフルトで終了しました。

2月と3月は、フランクフルト見本市ならびにドイツ国内での
市場調査のため、リサーチとコーディネートを担当しました。
見本市会場では、色々な人とお話しました。

政府機関からのドイツ市場調査というのは、初めてでして、ちょっとドキドキ。

日本のキャリアウーマンの方々の素晴らしいフォローのおかげで、無事終了。
何が待ちうけているのか、毎回新しい仕事を受け持たせていただく時には
興味一杯なのですが、この時だけは、規模も違うし、不安もありましたが
はじめてみれば、過去多数経験した番組制作の手順や人物インタビューと
同じ要領で進めていくことができ、ホッとしました。

何でも、恐れず挑戦してみるものです。
自分がこれまで経験してきたことが、決して無駄になっていないことを
つくづく感じました。仕事を担当しているときは、辛くて、眠くて、本当に
大変なことも、しばらくして振り返れば、懐かしいだけの素敵な思い出となります。

この後は、ドイツ政観のプレスツワーに参加しました。
ケルンとデュッセルドルフのカーニバルがテーマでした。
日本からもメディア関係の方が訪独しました。
この方とは、昨年の夏のプレスツワーともご一緒しました。
昨夏はミュンヘン、シュトゥットガルト、ルストでした。

いわゆるユースホステスは、ドイツが発祥の地。
ミュンヘンではドイツ国内ではじめてユースホステルに宿泊しました。
といっても、二人部屋に一人で泊まったので、窮屈な思いもせず、
清潔で快適な時間を過ごすことができました。

話しが逸れてしまいましたが、6月から9月の4ヶ月は
来年、日本で開催される展覧会における番組制作のリサーチ、
コーディネートを担当しました。

北はハンブルクから、南はミュンヘンまで貸切バスで
あちこち撮影、取材に走り回りました。

展覧会については、来年またご報告したいと思います。

魔女の秘密展

そうそう、前後しますが、合間を縫って執筆もしていました。
インタビュー記事で、特に印象に残った方は、ワルター・コール氏です。
元首相ヘルムット・コール氏の長男ということで、
インタビューもかなり緊張していたのですが、
とても気さくな方でした。

今もニュースレターをいただきくたびに、ワルター氏の思いや
過去のことに触れ、心に響く言葉の数々に、長い長い
レターを一気読みしています。

偉大な首相を父に持つ

10月にベルリン観光局からメールが入りました。
なんと、ベルリンの壁25周年の記念スペシャルイベントに招待してくださると
言うではありませんか!

そして11月7日から9日からはベルリンでイベントに参加しました。
ベルリンまでは自宅から国鉄、ICEで5時間ほど。
乗り換えもないし、本を読んだり、PCで仕事をしていれば
アット言う間に目的地に着くだろうと思い、国鉄チケットの手配を
お願いしました。

折しも、ドイツ国鉄のストで出発直前になり、空路で行くことに変更。

予想していた通り、ベルリンは大変な混雑。
宿泊ホテルはブランデンブルク門近くのホテルでしたので
周辺へのアクセスには本当に便利でした。

といっても、全日プログラムが組まれていたので、自由時間はほんの少しでした。
ベルリンへは、何回も訪問したけど、見学する場所はたくさんあるので
帰ってくると、また行きたくなります。

11月後半2週間は、帰国してました。
そのうち、2週間目は仕事で色々な方と会うことができ、充実した時間でした。

なかでも、11月ベルリンの壁崩壊記念イベントをご一緒した日本人女性ジャーナリストお二人に
東京で再会できたのは、本当に嬉しかったです。

さあ、12月に入リ、山済みになっていた仕事を片付けねばと思っていた矢先、
今度は、フランクフルトでホテルオープンのイベントセレモニーがあるので行って欲しいと
メールが入りました。

日本から戻ったばかりで、時差も調整できていないまま、フランクフルトの
ホテルへ直行。米国資本のホテルですので、米国からのジャーナリストが
たくさん参加していました。

このイベントもプログラムが組まれており、市内観光をしたり
フランクフルト観光局からのガイドさんつきでクリスマスマーケットを
見学に行ったりと、ハードスケジュールながらも楽しい時を過ごしました。

もちろんその間には、プレス会議やオープニングセレモニーと
盛りだくさんの予定が組まれており、それを消化するのがやっとの毎日でした。
空港近くの新ホテルの泊まり心地は最高でした。

クリスマス直前、22日に最後の記事を出稿して、やっと今年の仕事も終わり。

そして、
シュトレンを焼くことができました。

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クリスマスクッキーは、今年は焼けないままでした。

本来は、11月に入ったら、クッキーを焼き始めるのですが・・・・
ここ数年、焼き始める時期が12月にずれ込んでいます。

クリスマスは家族4人で食卓を囲み、一年を振り返りながらの談話。
楽しいひと時でした。

なかでも、息子が国家試験に合格して、歯科医になったことは
至福のニュースでした。

息子曰く、

パパ、ママ、二人の協力がなければ、ここまでこれなかった。
本当に有難う・・・

この言葉で、今年の疲れも吹っ飛びました!


この5年間に、一体何回フライブルクへ行っただろう。
料理を作って持っていったり、落ち込んでいるときには、
励ましに行ったり、医学部学生より過密なスケジュールで
セメスターホリデーもあったかなかったかという事が
何年も続き、その間を縫って、いや、よくフライブルクへ通いました。

特に今年後半の6ヶ月に及ぶ国家試験中は、息子と一喜一憂の日々でした。
試験も無事終了、合格、そしてフライブルク大学病院での
アシスタントドクターの職も手に入れたようです。

という事は、今後もしばらく息子を訪ねてフライブルクへ通うことが続きそうです。

クリスマスの食卓で息子が言うには、すでにヘッドハンティングの打診が
あったとか。ある歯科総合病院から問い合わせがあったそうです。
本人は、大学病院に残りたいので断ったそうです。

いやはや、仕事では、書きたいことがたくさんありますが、今日はこの辺で。

日本は今頃、新年を迎えているのでしょう。

ドイツはこれからです。
年越しそばと、シャンペン、そして簡単な夕食の準備にかかりたいと思います。
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なんと、ブログ更新は半年もしていないことに気がつきました。
相変わらず、忙しい毎日を送っております。

また、大変素敵な出会いがありました。
その方は、ドイツ元首相ヘルムート・コール氏の長男ヴァルター・コール氏です。

その時インタビューしたお話をこちらにまとめました。

偉大な首相を父に持つ男の葛藤と和解

今年前半は、仕事であちこち奔走しておりました。
ケルン、デュッセルドルフ、フランクフルト、ドルトムンド、シュトットガルトなどなどです。
これから後半もあわただしくなりそうです。

7月に予定していた帰国が実現しそうにありません。

ホームページも更新していないので、また改めて、過去のお仕事をブログで紹介したいと思います。
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by foodwatcher | 2014-07-02 18:30
もう2週間以上たってしまいましたが、TV番組のお知らせを。

今年第一回のスペシャル版11月11日の放映だった
フジTV リアルスコープパイパー「新幹線&豪華列車の裏側SP」
ドイツよりコーディネートを担当しました。

過去の動画を見ることができるようです。日本国内だけですが・・・
新幹線&豪華列車の裏側SP

隣国9カ国に囲まれているドイツからは、もちろん電車でも陸続きの国外に行くことが出来ます。
なかでも、海を渡るICEに今回は焦点を当てました。フェリーにICEを乗っけてバルト海を渡ります。

ハンブルクからプットガーデンの区間をICE TDと言うディーゼル車が走っています。
4両編成のこのICEはハンブルク・デンマーク間を走リ、このコースを渡り鳥コースと言います。

2013年はこの渡り鳥コースが開通して50周年を迎えました。
このコースは、一時運行されていないこともありましたが、
2007年より再開されました。

撮影許可入手時に伺ったところによると、日本のTVチームの撮影依頼は
過去問い合わせはあったものの、実際に撮影するチームは私たちが初めて?!のようです。

という訳で、ロケ当日は現地のジャーナリスト2人から取材を受けたりと
雨が降り、風が横殴りの中での撮影で、思い出深いときを過ごしました。

プットガーデンにただひとつだけの食堂では、もちろん魚料理を食べました。
これはとなりの席に座っていたドイツ国鉄の職員さんが食べていたので
聞いてみると、とっても美味しいとの事で、私たちも注文しました。

料理名は「シニア向け魚料理」でしたが、冗談でつけた名前?と
言うくらい量が多かった!

味は最高でしたが半分も食べられず残念。

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撮影に当たり、ドイツ国鉄の多大な協力を得ましたが、その時に聞いた耳よりなお話しを。

昨年10月から1等車(日本のグリーン車)のチケットを出発日の3日以上前に購入すると、

なんと2等車よりも安く1等車のチケットを買うことが出来るようになりました。

チケット購入時点で、まだ売れていないチケット、売れそうもないと予測したチケットを
空席よりもましと、安価で販売するようです。

乗車日時が近づくにつれて、料金は少しづつ上昇します。
いずれにせよ、国鉄提携の旅行代理店や直接国鉄窓口へ行って
問い合わせをする価値ありです。

ドイツでは国鉄カードBahn Card25、50がありますが、
そのカードを使ってチケットを買うより安くなることもあるんです!

日本から来る観光客の皆さんは、恐らくパッケージツワーが多いと思いますが、
ご自分でチケット手配をする機会があれば、是非このサービス利用してください。

ちなみにこのDBカード100もあります。
こちらは年間4千ユーロほどを支払うと、
1年間どこへ行くにも無料で乗車できますが、
とても高額なので、一般庶民の私にはちょっと手が届きません。

ケルン大聖堂の前を走るICEをパチリ!

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ケルンではここもお見逃しなく!愛を誓い合うカップルに人気の場所です。
ホーエンツォレルン橋は、愛を誓う橋として有名ですが、圧倒されますね。
南京錠の鍵をかけた後は、その鍵を河に投げ込むのが定番です。

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by foodwatcher | 2014-01-28 20:57 | 仕事

確か今週水曜日の朝刊だったと思う。
ドイツのF1ドライバー・セバスチャン・フェッテルの彼女が
妊娠5ヶ月というニュースが載ってました。

セバスチャンの彼女は、ほとんど公の場に出ません。

彼の希望もあって、公私をきっぱり区別したいということで、
彼女に関する情報があまりありませんが、ギムナジウム(日本の高校に匹敵)で
知り合ったそうです。

彼女ハナさんが妊娠したことで、結婚も真近?という話で持ちきりです。

私はF1ファンではありませんが、セバスチャンという人間が大好きで
彼のファンになりました。

優勝するたびにインタビューで、彼は両親への感謝の気持ちを表しています。

彼の両親は子どもが4人います。決して経済的にも余裕があったわけではなかったけれど、
セバスチャンの願いを聞いて、両親はお金の工面もし、週末といえば、
カート練習をサポート、レースであちこちに出かけ、多大な時間を割いてくれたそうです。

そんな甲斐あって、彼は今や世界一のドライバーとなりました。

セバスチャンは、常に両親を尊敬し、自分の原点を忘れることはありません。

「優勝金で両親に何かプレゼントしますか?それとも金銭的な援助を?」というような、
どうでもいいメディアの質問に対し、

彼は「お金うんぬんという話ではない。自分が今ここにいることが出来るのは両親の支援があってのこと。
そんな両親に自分のできる限りのことをしたい」と。

そしてレースが終わると両親に会いに行くそうです。

なんと心温まるお話でしょうか。毎回、彼のインタビューをニュースで聞くたびに感激してます。
私が二人の母親ということもあるのでしょうが、やはりぐっと来てしまいます。

でも、セバスチャンのおごることなく、地に足のついた人柄に感動しているのは、
私だけではないと思います。
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by foodwatcher | 2013-12-14 20:44 | 生活情報袋