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ドイツの2014年今年の言葉は光の境界(Lichtgrenze)
そして不快な言葉は嘘つきメディア・あるいは偽りの報道とでも訳そうか(Lügenpresse)に決定です。

今年の言葉については、こちらの記事で紹介しましたが、
昨日、不快な言葉が発表されました。

今年の言葉選出は、1971年から開始し、1977年から定期的にドイツ語協会が選出しています。

1991年からは、不快な言葉(Unwort)も選出されるようになったとのこと。

また、2008年からは青少年の今年の言葉も不定期だが選出されるようになったそうです。
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by foodwatcher | 2015-01-14 20:44

年の初めに発表される職業別年収ランキング。
2014年トップは医師、2位は弁護士だそうです。
Yahoo News 個人に寄稿しました。

2014年ドイツ職業別年収ランキング
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by foodwatcher | 2015-01-12 17:05 | 仕事
年明けに映画を見た。タイトルはHonig im Kopf (頭の中が蜂蜜みたいとでも訳そうか)
内容は、アルツハイマーのおじいちゃんを取り巻く家族の物語。

普段あまり映画館には行かない私だが、冬は日が暮れるのが早いので、
見に行く頻度が多くなる。

義弟に進められたこの映画、テーマはアルツハイマー・認知症と聞いて尻ごみした。

重いテーマなので、新年早々どうかと思ったが、大笑いしたという感想を聞き、
「笑う門に福がやってくる」と思い、やっぱり行くことにした。

笑いと感動、涙の溢れるシーンが多々あり、久しぶりに心温まる映画を見たと思った。
是非お勧めしたい。

アルツハイマーのおじいちゃんに家族が振り回される中で、
最終的には、心も体も離れ離れだったおじいちゃんの息子夫婦がよりを戻し、
ハッピーエンドなのだが、それも一重に11才の孫娘の突拍子もない行動のおかげだ。

この映画の監督、そして父親Nikoを演じたTil Schweigerは、
この映画を通してアルツハイマー患者を抱える家族に勇気を与えたいという。
患者とどう向き合うか、家族とはなど深く深く考えさせられた内容だ。

この映画の女流脚本家Hilly Martinekの父親が、
アルツハイマーで他界した背景もあり、
現実味を帯びたシーンがたくさんあった。

確かにドイツにはおよそ140万人のアルツハイマー患者がいるといわれる。
という事は、親戚に、家族に、隣人に・・・と身近に一人や二人の患者がおり、
日々介護をする人たちもたくさんいるわけだ。

映画のタイトルHonig im Kopfは、アルツハイマー症状が進んでいくおじいちゃんの言った
「頭の中が蜂蜜みたい」に由来している。

なぜ蜂蜜なのかは不明だが、とにかくおじいちゃんはこう答えた。

おじいちゃんの症状がひどくなり、一人暮らしはまずいだろうということで、息子Nikoが引き取る。
おじいちゃんの行動に顔をしかめ、ヒステリーになる嫁Sarahは、
義父の奇怪な挙動に対し、我慢も限界になり、Nikoと口論が絶えない。
しかも仕事を持つSarahは、上司との浮気という秘め事もある。

獣医だった父の変貌する言動にどう対応したらいいのかわからないまま、
それでも何とかありのままの父を受け入れようと勤めるNiko.

孫娘Tildaは、おじいちゃんの言動におおらかな対応で、
諭すようにひとつひとつ丁寧におじいちゃんに説明する。
とにかくおじいちゃんの話に耳を傾け真剣に対応している孫娘なのだ。

Nikoは、父をアルツハイマー患者のホームへ入居させるしかないと思い始める。

おじいちゃんが大好きなTildaは、おじいちゃんをアルツハイマー患者ホームへ
入れるなんてもっての他と反抗する。

そこで、Tildaは、おじいちゃんとおばあちゃんが出会った街ベネチアへ
二人だけで出かけようと目論む。映画では、おばあちゃんはすでに他界している。
そして、おじいちゃんと孫娘のベネチアまでの旅が始まる。

最終的には、目的地ベネチアにたどり着いたのだが、
そこでおじいちゃんの病状が悪化して孫娘のTildaが誰なのか分からなくなってしまう。

悲しみにくれ、どうしていいかわからず、涙ながらに走り出すTildaは、
二人を探しにやはりベネチアにやってきたパパNikoとママSarahに出くわす。

その後、Sarahは仕事をやめて、主婦として娘と義父の世話をする。
かってのぎすぎすした生活はそこにはもうなく、笑顔一杯の家族生活を始めた。

おじいちゃんはしばらく平穏な暮らしを息子家族と送り、他界する。

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孫娘を演じたのは、Emma Schweiger。11才とは思えない好演で、
将来、きっと役者として大きな花を咲かせるに違いない!

Emmaは、今回監督と息子役Nikoを演ずるTil Schweigerの実の娘だ。

また、おじいちゃんAmandusを演じたDieter Hallervorden は、
もともとコミック関係の役者で舞台に立つことが多い。

彼は、この役を演じるために、わざわざアルツハイマー患者のホームに1週間滞在したそうだ。

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ドイツも日本と同様、少子高齢化が進んでいる。

昨年、『連合』7月号に「20周年を迎えたドイツの介護保険制度」について
執筆したが、今後も要介護者、そして介護をする家族の抱える問題は、尽きないだろう。
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ブログを書かなくなって半年ほど過ぎてしまいました。

仕事や家族のことで奔走していて、書きたいことは山ほどあったのに
なかなかブログまで手が回らず、気がつけば2014年も終わりに。

今年一年を振り返ってみたくなり、書いてみました。

2014年、仕事の上でも私事でもたくさんの感動がありました。

仕事を中心に振り返ってみたいと思います。
今年の仕事は、フランクフルトで始まって、フランクフルトで終了しました。

2月と3月は、フランクフルト見本市ならびにドイツ国内での
市場調査のため、リサーチとコーディネートを担当しました。
見本市会場では、色々な人とお話しました。

政府機関からのドイツ市場調査というのは、初めてでして、ちょっとドキドキ。

日本のキャリアウーマンの方々の素晴らしいフォローのおかげで、無事終了。
何が待ちうけているのか、毎回新しい仕事を受け持たせていただく時には
興味一杯なのですが、この時だけは、規模も違うし、不安もありましたが
はじめてみれば、過去多数経験した番組制作の手順や人物インタビューと
同じ要領で進めていくことができ、ホッとしました。

何でも、恐れず挑戦してみるものです。
自分がこれまで経験してきたことが、決して無駄になっていないことを
つくづく感じました。仕事を担当しているときは、辛くて、眠くて、本当に
大変なことも、しばらくして振り返れば、懐かしいだけの素敵な思い出となります。

この後は、ドイツ政観のプレスツワーに参加しました。
ケルンとデュッセルドルフのカーニバルがテーマでした。
日本からもメディア関係の方が訪独しました。
この方とは、昨年の夏のプレスツワーともご一緒しました。
昨夏はミュンヘン、シュトゥットガルト、ルストでした。

いわゆるユースホステスは、ドイツが発祥の地。
ミュンヘンではドイツ国内ではじめてユースホステルに宿泊しました。
といっても、二人部屋に一人で泊まったので、窮屈な思いもせず、
清潔で快適な時間を過ごすことができました。

話しが逸れてしまいましたが、6月から9月の4ヶ月は
来年、日本で開催される展覧会における番組制作のリサーチ、
コーディネートを担当しました。

北はハンブルクから、南はミュンヘンまで貸切バスで
あちこち撮影、取材に走り回りました。

展覧会については、来年またご報告したいと思います。

魔女の秘密展

そうそう、前後しますが、合間を縫って執筆もしていました。
インタビュー記事で、特に印象に残った方は、ワルター・コール氏です。
元首相ヘルムット・コール氏の長男ということで、
インタビューもかなり緊張していたのですが、
とても気さくな方でした。

今もニュースレターをいただきくたびに、ワルター氏の思いや
過去のことに触れ、心に響く言葉の数々に、長い長い
レターを一気読みしています。

偉大な首相を父に持つ

10月にベルリン観光局からメールが入りました。
なんと、ベルリンの壁25周年の記念スペシャルイベントに招待してくださると
言うではありませんか!

そして11月7日から9日からはベルリンでイベントに参加しました。
ベルリンまでは自宅から国鉄、ICEで5時間ほど。
乗り換えもないし、本を読んだり、PCで仕事をしていれば
アット言う間に目的地に着くだろうと思い、国鉄チケットの手配を
お願いしました。

折しも、ドイツ国鉄のストで出発直前になり、空路で行くことに変更。

予想していた通り、ベルリンは大変な混雑。
宿泊ホテルはブランデンブルク門近くのホテルでしたので
周辺へのアクセスには本当に便利でした。

といっても、全日プログラムが組まれていたので、自由時間はほんの少しでした。
ベルリンへは、何回も訪問したけど、見学する場所はたくさんあるので
帰ってくると、また行きたくなります。

11月後半2週間は、帰国してました。
そのうち、2週間目は仕事で色々な方と会うことができ、充実した時間でした。

なかでも、11月ベルリンの壁崩壊記念イベントをご一緒した日本人女性ジャーナリストお二人に
東京で再会できたのは、本当に嬉しかったです。

さあ、12月に入リ、山済みになっていた仕事を片付けねばと思っていた矢先、
今度は、フランクフルトでホテルオープンのイベントセレモニーがあるので行って欲しいと
メールが入りました。

日本から戻ったばかりで、時差も調整できていないまま、フランクフルトの
ホテルへ直行。米国資本のホテルですので、米国からのジャーナリストが
たくさん参加していました。

このイベントもプログラムが組まれており、市内観光をしたり
フランクフルト観光局からのガイドさんつきでクリスマスマーケットを
見学に行ったりと、ハードスケジュールながらも楽しい時を過ごしました。

もちろんその間には、プレス会議やオープニングセレモニーと
盛りだくさんの予定が組まれており、それを消化するのがやっとの毎日でした。
空港近くの新ホテルの泊まり心地は最高でした。

クリスマス直前、22日に最後の記事を出稿して、やっと今年の仕事も終わり。

そして、
シュトレンを焼くことができました。

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クリスマスクッキーは、今年は焼けないままでした。

本来は、11月に入ったら、クッキーを焼き始めるのですが・・・・
ここ数年、焼き始める時期が12月にずれ込んでいます。

クリスマスは家族4人で食卓を囲み、一年を振り返りながらの談話。
楽しいひと時でした。

なかでも、息子が国家試験に合格して、歯科医になったことは
至福のニュースでした。

息子曰く、

パパ、ママ、二人の協力がなければ、ここまでこれなかった。
本当に有難う・・・

この言葉で、今年の疲れも吹っ飛びました!


この5年間に、一体何回フライブルクへ行っただろう。
料理を作って持っていったり、落ち込んでいるときには、
励ましに行ったり、医学部学生より過密なスケジュールで
セメスターホリデーもあったかなかったかという事が
何年も続き、その間を縫って、いや、よくフライブルクへ通いました。

特に今年後半の6ヶ月に及ぶ国家試験中は、息子と一喜一憂の日々でした。
試験も無事終了、合格、そしてフライブルク大学病院での
アシスタントドクターの職も手に入れたようです。

という事は、今後もしばらく息子を訪ねてフライブルクへ通うことが続きそうです。

クリスマスの食卓で息子が言うには、すでにヘッドハンティングの打診が
あったとか。ある歯科総合病院から問い合わせがあったそうです。
本人は、大学病院に残りたいので断ったそうです。

いやはや、仕事では、書きたいことがたくさんありますが、今日はこの辺で。

日本は今頃、新年を迎えているのでしょう。

ドイツはこれからです。
年越しそばと、シャンペン、そして簡単な夕食の準備にかかりたいと思います。
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